あるあり日記

個人的な感覚・感想

自粛や規制の長期化による五輪への不満爆発

全てが全てでは無いものの、規制や自粛、相次ぐ緊急事態宣言、マスク予防が当たり前の様な現在では、飲食を始めとして関連産業や、流行風邪に対応している医療従事者への負担が大いに影響を及ぼしている。

これらはそれを利用する一般の人々に対しても同様であり、非日常的な生活が2年近くも繰り返し行わなくてはならない事や失業・倒産・減収などによる生活苦も相まって、五輪に対しての賛否や選手たちへの誹謗中傷など偏向的な行動を取る事によってある意味でストレスの発散場所となっています。

勿論五輪関係以外でも政治に対する不満、各自治体の対応に対する不満なども各々で状況が異なり、一概に個々人の不満度合いは異なりますので推し量る事は出来なく、またそれに対する解消の仕方と言うのも簡単では無い状態にあるとも言えます。

年代関係なく自身の福祉現場においてはやはり精神的な病への発症と言うのが顕著に表れており、先行きが不透明な現在においては流行風邪よりも厄介な出来事になっています。

同時に、DVやハラスメント・自殺などの件数もあまり報じられませんが、極めて増加傾向にあると言うのが現状です。

この行き場のないストレスが一部は五輪へと顕著に向けられている事は明らかであり、仮に上手くいったとしても、経済的な払拭は変わらない事から報道が言っている様な上手い見立てには行くはずもありません。

五輪に対する不満や選手たちへの誹謗中傷は防ぎようのない事例であり、下手な対応などすれば更なる炎上にもつながりかねません。

現在は歓声と怨嗟の嵐の真っ最中とも言える状態であり、誰がどうしようとも何ともならないのが実情かと思って耐え忍ぶしかありません。

今回においては五輪と言うよりも、その以前に各省庁、各都道府県や自治体などの助成金への使用の不備が顕著に表れており、国家予算の30兆円が繰り越しと言うあり得ない事態を表面化してしまいました。

本来であれば休業補償や医療の拡充などへ当てられるはずであったものが、なんだかんだで利用できない状況に追い込んだ官僚たちの怠慢とも取れます。

思いのほか官僚や自治体などの人々は怠慢で現状の把握が出来ない、対応が分らない人々が多い事が分かったとも言えるでしょう。

これが民間であれば首どころの話では通用しません。

ボランティアといじめと言う言葉の使用について疑問

ここ最近の話題で何かと耳にする言葉2つが個人的に少し気になっていましたので記事とします。

言葉自体の引用の仕方に疑問を感じている為に取り上げる事にしました。

先ず、【ボランティア】についてですが、そもそもボランティア活動では有志による無償の奉仕活動と言うのが基本であり、確かにボランティア活動に参加するにあたりその人々への賃金は発生しないが、ボランティア活動において何かしらの不意の事故などがあった場合の補償とも言えるボランティア保険に入る義務がありますので保険に対する費用負担(基本自己負担だが経費として計上するのであれば)となれば止むを得ません。

今回の五輪に関してそもそも日当や賃金が発生しているだけで【ボランティア】と称する事自体がおこがましいと思います。むしろ間違えと言えます。

そして多くの人々が感じているであろう【いじめ】の引用定義が非常に曖昧である事。

【いじめ】でもあり【ハラスメント】でもあり、常軌を逸すれば【傷害・脅迫・暴行等の事件】ともなります。

こと今回の件では【いじめ】ではなく、【恐喝・傷害・暴行】事件であり、【いじめ】という言葉の範疇を遥かに超えており、【いじめ】と言う言葉自体の定義をおかしくさせる出来事であったと思います。

この2件の言葉に関してマスコミやメディアは何と稚拙であるかと言うのを感じざるを得ませんでした。

これらの言葉が今後も歪曲された引用をされて何かしらを隠す手段とするならば、更に劣悪で卑怯な言動と言わざるを得ません。

ついでにホロコーストの件に関しても意見の相違が様々ありますが、グローバルで見るのであれば切り抜きであろうとも前後のやり取りをすべて含めたとしても、これは常識の範囲を超えており、決してお笑いでやっては(触れては)ならない、ましてやテレビなど公共の電波を利用しての放送ともなれば問題となるのは当たり前の事です。

 

お化けと次元

オカルトや都市伝説、霊感商法占星術新興宗教など霊的な存在や、未来或いは過去を観ると言った様な非科学的な事柄について個人的な話を取り上げます。

お化けと言えば子どもの頃なんかは暗闇やそれらしき建築物などを見ると、何となくいるのではないのかと思っていました。

しかしながら、現実的にはそんなものは科学的に最早否定が証明されており、本来であれば議論の余地はありません。

そんな自身でも中学・高校生辺りで、宇宙と科学について特にマニアックなくらい虜になっており、科学的に否定はされていても次元を考えた時に或いはあるのではないのかと言う考え方も出て来ました。

現在地球上において神と言う存在があるとすれば、万物の頂点にある霊長類である人間がそれに値する事でしょう。

それ以上それ以下でも無いです。

但し、次元、現在三次元・四次元時空に存在する我々ですが、次元に関しては机上では十三次元迄計算上であるとされており、基本的に低次元に存在するものは高次元を確認する事は不可能です。

我々は一応四次元時空までは確認する事が出来ますが、ここで仮にこれ以上の次元が存在したとしても、そしてそのお化けたるものが高次元に存在していたとしても、やはりわれわれ人間が確認する事は出来ず、高次元に存在する生物?は低次元に関しては干渉可能であると考え、一概にお化けを否定するのはやや次元を考えた時にはナンセンスなんではないかとあくまで個人的に考えます。

しかしどこまで行っても我々は高次元の存在を確認する手段はありえない事から、どうしようもないと思っているものの、自然の偶然な現象・プラズマ、脳のバグや精神疾患であると言う結論だけしか到達しようがないが、夢見るものもありかなと感じます。

ただ人類がそれなりに反映して来ている事を考えれば、高次元からの干渉はほぼ無く、高次元での知的生物?はやはり存在していないと言う考えに行きつきます。

人類が新大陸を発見した際には残念ながら征服すると言う歴史を鑑みれば、これが起きていない事実を考えると地球自体に魅力がないのか、そもそも高次元が存在しないのかと様々な妄想に駆り立てられています。

これは宇宙人がいるいないとはまた別問題の話であって、あくまで身近な話を科学的に想像して何とかならないのかなと、かなわぬ夢を見ています。