あるあり日記

個人的な感覚・感想

ボランティアといじめと言う言葉の使用について疑問

ここ最近の話題で何かと耳にする言葉2つが個人的に少し気になっていましたので記事とします。

言葉自体の引用の仕方に疑問を感じている為に取り上げる事にしました。

先ず、【ボランティア】についてですが、そもそもボランティア活動では有志による無償の奉仕活動と言うのが基本であり、確かにボランティア活動に参加するにあたりその人々への賃金は発生しないが、ボランティア活動において何かしらの不意の事故などがあった場合の補償とも言えるボランティア保険に入る義務がありますので保険に対する費用負担(基本自己負担だが経費として計上するのであれば)となれば止むを得ません。

今回の五輪に関してそもそも日当や賃金が発生しているだけで【ボランティア】と称する事自体がおこがましいと思います。むしろ間違えと言えます。

そして多くの人々が感じているであろう【いじめ】の引用定義が非常に曖昧である事。

【いじめ】でもあり【ハラスメント】でもあり、常軌を逸すれば【傷害・脅迫・暴行等の事件】ともなります。

こと今回の件では【いじめ】ではなく、【恐喝・傷害・暴行】事件であり、【いじめ】という言葉の範疇を遥かに超えており、【いじめ】と言う言葉自体の定義をおかしくさせる出来事であったと思います。

この2件の言葉に関してマスコミやメディアは何と稚拙であるかと言うのを感じざるを得ませんでした。

これらの言葉が今後も歪曲された引用をされて何かしらを隠す手段とするならば、更に劣悪で卑怯な言動と言わざるを得ません。

ついでにホロコーストの件に関しても意見の相違が様々ありますが、グローバルで見るのであれば切り抜きであろうとも前後のやり取りをすべて含めたとしても、これは常識の範囲を超えており、決してお笑いでやっては(触れては)ならない、ましてやテレビなど公共の電波を利用しての放送ともなれば問題となるのは当たり前の事です。

 

お化けと次元

オカルトや都市伝説、霊感商法占星術新興宗教など霊的な存在や、未来或いは過去を観ると言った様な非科学的な事柄について個人的な話を取り上げます。

お化けと言えば子どもの頃なんかは暗闇やそれらしき建築物などを見ると、何となくいるのではないのかと思っていました。

しかしながら、現実的にはそんなものは科学的に最早否定が証明されており、本来であれば議論の余地はありません。

そんな自身でも中学・高校生辺りで、宇宙と科学について特にマニアックなくらい虜になっており、科学的に否定はされていても次元を考えた時に或いはあるのではないのかと言う考え方も出て来ました。

現在地球上において神と言う存在があるとすれば、万物の頂点にある霊長類である人間がそれに値する事でしょう。

それ以上それ以下でも無いです。

但し、次元、現在三次元・四次元時空に存在する我々ですが、次元に関しては机上では十三次元迄計算上であるとされており、基本的に低次元に存在するものは高次元を確認する事は不可能です。

我々は一応四次元時空までは確認する事が出来ますが、ここで仮にこれ以上の次元が存在したとしても、そしてそのお化けたるものが高次元に存在していたとしても、やはりわれわれ人間が確認する事は出来ず、高次元に存在する生物?は低次元に関しては干渉可能であると考え、一概にお化けを否定するのはやや次元を考えた時にはナンセンスなんではないかとあくまで個人的に考えます。

しかしどこまで行っても我々は高次元の存在を確認する手段はありえない事から、どうしようもないと思っているものの、自然の偶然な現象・プラズマ、脳のバグや精神疾患であると言う結論だけしか到達しようがないが、夢見るものもありかなと感じます。

ただ人類がそれなりに反映して来ている事を考えれば、高次元からの干渉はほぼ無く、高次元での知的生物?はやはり存在していないと言う考えに行きつきます。

人類が新大陸を発見した際には残念ながら征服すると言う歴史を鑑みれば、これが起きていない事実を考えると地球自体に魅力がないのか、そもそも高次元が存在しないのかと様々な妄想に駆り立てられています。

これは宇宙人がいるいないとはまた別問題の話であって、あくまで身近な話を科学的に想像して何とかならないのかなと、かなわぬ夢を見ています。

予防・規制・自粛風潮が顕な日本

東京五輪開催にこぎつけるまでの様々な問題は最早今更論ずる事も無い。

それよりもやはり日本人の習慣と言うか正直と言うか真面目と言うか、そういった風習みたいなものがあり、世界でも有数の感染者数などの少なさとは裏腹に、予防や規制・自粛と言った事柄が行われるたびに律儀にも多くの人々がそれに従っている状況下である。

再々三の度重なる世間の雰囲気が最早ワクチンの接種が進行したとしても、平常な日常生活を取り戻すと言うごく当たり前の事がおおよそできかねない事態まで来ています。

報道などによりワクチン接種が進行している諸外国においても変異株などと言われた物により新たな感染者の増加があると言う煽りを更に真に受け、感染=重症者或いは死亡者みたいな恐怖に陥れられており、予防と言う措置が解除される未来は今の所未定状態にあります。

観光・娯楽・飲食などにおいては特に縮小傾向が進行する事から、偏った社会構造にもなっていく事が予想されます。

また環境問題・エコ・脱炭素などの動きにより、日本の自動車産業にも遠からずとも世界に誇る様な時代は終焉とまでは行かなくとも、これまた減少傾向にある事は間違いないかと思います。

何にせよ自粛や規制疲れと連日なる過剰な報道により、日本国民は疲弊しつくしていて、例外の事態が起きるのも気持ちとしては致し方ないと言わざるを得ません。

そして現在ではいじめ・ハラスメント・DVなどの問題も徐々に拡大傾向と言うか表面化してきており、時代と言うか考え方が追い付いていっていない事も深刻点であると個人的には感じています。

日本では保守的な所があり、新たな風習や時代の変遷・変化などを受け入れていくには非常に困難な部分がある為に、思い切った変化と言う事に慣れておらず、その根本部分を正す機関では更に受け入れが困難な状況下であると言う事が恐ろしく感じます。