あるあり日記

個人的な感覚・感想

関心の薄さ

統一地方選を控え巷では候補者の後援会などがあいさつ回りを始めているようだ。

自身の所でも支援者がここ数日で要りもしないチラシを配布してきたので選挙があると言う事を把握した。

ニュースなどで報じられるも関心が余り無いので聞き流しており、支援者による活動が始まった事でチラシが流れてきたのもあり、それでも一度はチラシを見てチラシはゴミ箱行き。

議員がいれども所詮は自治体などの行政との調整が含まれていると言う制限下であるので、幾ら改革など謳うも予め算定・算段された様な範囲内での活動に近い。

現在では特に議員の活動に対しての費用は厳しく縮小傾向にあるので、議員の質を考慮しなければ現実的にその地域などの為の活動を全うする事は難しいと考える。

それがためにお飾りに近い存在とも言えるし、肩書だけ欲しい人がなると言う傾向にも傾くし、長期間無意味になっている人も存在してしまう。

選挙では少子高齢化と言えども、やはり年齢層別での投票率を見れば分かるが現役層や若者層の関心の無さと言う物が出ており、反映される層と言う物が明らかに偏りとして毎回出てくる。

個人的には最低でも7割越えでなければ、地域の民意を反映したものとして捉える事は出来ず、可能であれば費用はかさむも再選した方がいい。

また年齢層などによる投票率も考慮し、それなりの選出と言う物を考えるならば年齢層別などの投票率も一定基準を達せなければ再選と言う厳しいものにした方が更に良い。

議員の定員や報酬・政務活動費などに目が行きがちだが、選出にも厳選された方法を取り入れるべきと言う考えを関心が無いながらも持つ。

当面大きな変化は無い

明日からマスク着用生活が個人判断に委ねられるようになる。

但し、当面は何処でも一気に開放的と言う訳ではなく、マスクが不要と言うようにはならない。

このマスク生活で個人的にかわいそうだと思った点では、子どもたちに与えた影響は非常に大きく、特にこの3年の規制は学校生活に更なる影を落とす事になった。

身体の成長と言う面に関しても、精神的な成長と言う面でも子どもの頃と学校生活と言うこの時期にしか体験できない事と言う物は貴重であり、この期間を逃すと取り返しがつかないと言う年代でもある。

義務教育課程は知識や教養だけではなく、良くも悪くも社会の縮小図的な学校と言う狭い環境下で如何に出来る限りの現実的な社会の仕組みや人間の関り方などを学ぶ機会もある。

この時期にマスク生活での環境下で過ごした感覚と言う物は異常であり、自身も含めた親世代にもあたる人々も悩ましい感じは子どもたちから受け取って何とかならない物かと苦悩したであろう。

自身が子どもの頃とは当然異なり、成長も早ければ環境も時代も仕組みも相違があるがそれでも子どもは子どもであるので、普通に育って自立できる様な人間にはなってほしいと言う願いはある。

完全にマスク生活から解放と言う事では無いが、このマスク生活と言う子どもたちから貴重な時期を奪った代償は大きいもので、少子高齢化と言われる現象の中で未来を背負うであろう子どもたちに大人の都合を押し付け過ぎたのは感心できず、この特殊な生活環境がやや緩和されたとは言えども足を引っ張る事は間違いない。

騒がしい

最近だけではないが、世の中の動きがあると当然の事ながら問題が発覚したり起きたり、変化を求められるものも自然の流れです。

ようやくと言う問題なども多くあるも、こう言っては何だがどこもかしこも問題点が目につき信用や信頼のおける所は余り無いかの様になっており、問題に対する対応や対策は表面上では騒ぎ立てるも経過としては骨抜き状態に近い事がよくある。

この経過を慎重と言う場合もあるが、大胆な改革などに踏み切れない弱腰や軟弱と言うような見方も出来る。

何事も変化を伴うような物は古今東西賛否両論であり、例外を除きほぼ批判が起こらないなど無い。

世間の話題に比較的疎い自身が最近気になっている物も幾つかある。

ただ経過によっては切り捨てる・見限る・関心が無くなる・考えを変えるなどの切り替えも早く、自身が世間の話題に対するキャパが少ない事も起因する。

幾つか今の所関心がどちらかと言うとあると言う物を出せば、「補助・助成金の不正受給問題」・「SDGsに関する様々な違和感と疑問」・「新興宗教の問題」・「SNSサービスの在り方」辺りが幾つか様子見ってところです。

細かく言えばまだ幾つかあるが、こちらは自身の趣味の範囲であるので常にアンテナを張っている話題もあるも専門的で堅苦しい感じになるので割愛。

変わるものもあれば、一時的な騒動みたいな感じで終わるものもあれば、メスすら入らない事象もある事でしょうから、変な期待は持たないように気を付けています。