あるあり日記

個人的な感覚・感想

グレーゾーン

規則や法などを犯した問題に対してきちんと取り締まる事が出来ない事例は多くある。

ただ世論的に納得するような、収まるような罰則や対応・対処、責任の取り方などにならない事例になる事も多い。

時代は進み、過去の慣例などが通じる価値観はどんどん変化していき、新たなる規定などが定められるも、それでも多様な要因によって締りが悪いところに落ち着く。

法を定めたり、改めるにも冤罪問題や日常生活、経済活動などの自由に弊害が及ぶ事もある為に縛り過ぎる事が出来ず。

抜け道やグレーゾーンと呼ばれている部分を良くも悪くも活用される状態にある。

検討や議論において冤罪の問題が提起される事があるが、これは規定や法・罰則などに問題があると言うよりも取り締まりや裁く側の事情の問題点と考えられ、多くは法などの議論とは異なる感覚がある。

また、規定や法などの部分的な解釈と言う非常に人により左右されやすい手法が取り入れられている部分も問題となりやすい。

余談になるが、昔の中国で春秋戦国時代に秦の国で発展途上だった頃、法の改革を強く行った商鞅と言う人がいる。

王に絶対的な権限を持たせて中央集権化し、非常に厳しい法を定めるも権力闘争に負けて冤罪を受け、自らが定めた法により処罰されると言う事例がある。

孫氏と並ぶ呉氏の兵法として知られる呉起も楚の国の人物だが、同様に改革をしたが権力闘争に巻き込まれ一時的なものとなってしまった事例もある。

この様な事例は世界各国でもあり、時代は異なれども事象において学ぶべき点はある。